各種資料

参加記

広島原爆81年朝鮮人犠牲者追悼式 参加記

~ここに!朝鮮人がいる~

韓統連中央本部副委員長 金隆司(キム・ユンサ)

8月4日から6日まで広島の平和行動に参加した。被爆の現場の空気を肌で感じ多くのことを学んだ充実した3日間だった。

◆原爆の重さ

久しぶりの広島であったが、夏の日差しが照り付ける平和公園の中の原爆ドームを見た時に、何故か身体が震えた。デモ行進やダイ・インで空を見上げた時、B29が飛んでくるような錯覚にも陥った。原爆資料館を参観したが、残酷な展示物は少なくなったものの、原爆の残酷さと非人道性は十分に伝わる内容だった。米国の原爆投下は絶対に許されないし、許してはならないということを再認識した。「広島は米国を許した」という人がいるが、犯した罪を反省せず謝罪もしない人を許す事は、再犯の道を開くものである。米国の責任を追及し、謝罪を要求し続けることが、「核も戦争もない平和な世界」の第一歩だと強く思った。

◆原水禁大会

被爆81周年の原水禁世界大会は、海外からのゲストも交えて約2000名が参加して広島アリーナで開催された。「核と人類は共存できない」という理念の下、核兵器のみならず原発の再稼働の反対も強調された。大会は女子高校生が司会進行し、「被爆ピアノ」の演奏も女子高生が演奏し、高校生平和大使のアピールも若々しく力強いものがあった。これからの日本の反核平和運動を担っていく若い力の可能性を実感した。ただ5万人が被爆し3万人が亡くなったと言われている朝鮮人被爆者のことが殆ど語られなかったのが残念だった。

◆朝鮮人犠牲者追悼式

原水禁大会の翌日に広島駅近くの流川教会で「朝鮮人犠牲者追悼式」が開催された。今回の行事で私はこれが一番印象に残った。礼拝堂には真っ黒に焦げた木の十字架がかかっていた。被爆した木材で作られたということだった。

日本と韓国の教会・仏教関係者の代表からの追悼の辞と読経があり、日本人の追悼には植民地支配によって祖国を離れて被爆した朝鮮人への心からの謝罪の言葉があった。参加者全員が折鶴を折って捧げ、最後に「朝鮮人犠牲者の真相究明と名誉回復のための市民宣言」が朗読された。宣言文では原爆を投下したアメリカだけでなく、原爆の投下を招いた日本の責任も追及していた。これは非常に重要な視点である。原爆は、ある日突然平和な広島に落ちてきたのではない。当時広島は帝国陸軍の重要拠点であり、呉は帝国海軍の大拠点であった。日本人は、広島・長崎を語る前に学ばなければならない膨大な侵略の歴史がある事を知らねばならない。

今回、韓国から来た市民団体の人たちのスローガンが「ここに!朝鮮人がいる」であった。これも大切な視点だ。「日本は唯一の被爆国」ではあるが「日本人は唯一の被爆国民」ではない。被爆者の1割の朝鮮人を被爆者から排除するのは平和主義の理念に反するものである。

日韓の市民の共催による今回の朝鮮人追悼式は、真の反核・反戦平和の原点をみる思いがし、今後より発展させていかなければならないと実感した。

紙面の関係で割愛するが、韓国の市民団体と現地広島の活動家との交流も大変勉強になり楽しいものだった。最後に今回の行事の成功にご尽力された韓統連広島本部と大月牧師に心から感謝したい。そして、全国の仲間には来年の広島の平和行動に参加する事を強くお勧めしたい。

※写真-犠牲者を追悼する金隆司副委員長(右から2人目)